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by bropa

竹内麻巳SS『湯煙のなかで』 早坂充様

 浩樹さんの運転する車は、高速道路を走っている。
 私はその車の助手席に座っている。
「もうそろそろ、どこに連れ込むのか教えてくれませんか?」
「連れ込むだなんて人聞きの悪い・・・」
「何も言わずにつれてこられてるのは事実ですっ!」
「まぁまぁ、ついてからのお楽しみっていうだろ?」
「・・・もぅ、浩樹さんったらこういうところは子供っぽいんだから」

 どうしてこうなったのかを思い返してみる。
 先日、撫子の美術部に顔を出しに行った帰りに突然
「なぁ、麻巳。今度の日曜日あいてるか?」
「えっと・・・特に予定はないですけど」
「それじゃぁ、決まりだ。7時に俺のうちに来てくれ。」
「え?」
「あ、そうそう。着替えももってこいよ?」
「浩樹さん?」
 ・・・だめ、全く何もわからない。
 撫子を卒業して浩樹さんとおつきあいを始めるようになってから
 浩樹さんの今まで見たこと無い一面をみれるようになったのは
 とても嬉しかった。
 そして一つしったことは、意外にも子供っぽいところがあったこと。
 今日もその部分に振り回されているのだけど・・・
「麻巳、どうかしたのか?」
「え? ううん、なんでもない」
 それを嫌と思ってない私がいる。
 惚れたものの弱みっていう事かな。


 流れる風の香りに潮の香りを感じ始めた頃、目的地に到着した。
「ここは?」
「ほぉ、思ったより大きな旅館だな」
「旅館っていうよりホテルみたいですけど?」
 小高い山を上ったと思ったらその山の頂上にホテルが建っていた。
 潮風を感じるから海に近いはずだけど、周りの木々が視界を狭めて
 居るので本当に海が近いかわからない。
「麻巳?」
「え? なに?」
「行くぞ」
「あ、待ってください!」


「わぁ・・・」
 飛び込んできたのは空色と海色。
 受付で手続きをしたあと、通された部屋からは海が一望できた。
 水平線が視界いっぱいに広がる・・・
「まるい・・・」
「驚いたか?」
「えぇ・・・」
 そこから見える水平線は、直線ではなかった。
 ゆっくりとまるい線を引く海と空の境目。
「地球って、本当に丸いんですね」
「何を今更言ってるんだ?」
「もぅ、せっかく感動してるんだから水を差さないでください!」
「悪い悪い、とりあえず浴衣にでも着替えるか。俺は隣に行ってるな」
 言うだけ言って浩樹さんは部屋の入り口付近にある扉から隣の部屋に
 行ってしまった。
「・・・もぅ」

「浩樹さん、もうだいじょうぶですよ」
「・・・あぁ」
 隣の部屋から出てきた浩樹さんは、なんだか顔が赤かった。
「・・・もしかして覗いてました?」
「それはない・・・ただ・・・」
「ただ?」
「・・・まぁ、後でわかることだからいいか」
「?」
 私が問いただそうとしたとき、扉をたたく音が聞こえた。

「すごいですね」
「想像以上だな・・・」
「食べきれるかしら?」
 部屋に運ばれたのは海の幸山の幸をふんだんに使った料理の数々。
 お昼ご飯にしてはすごい量が並べられた。
 机の中央には大きな魚の形作りがおかれている。
「よし、食べるか!」
「はいっ!」


「ここには温泉もあるんですよね。」
 食事を持ってきた旅館の方が説明してくれた。
 丸い地球を実感できるお風呂があるそうだ。
「はいってみましょうよ、浩樹さん。そのために着替えを持ってきたんでしょ?

「・・・あぁ」
「浩樹さん?」
「えっとな・・・となりの部屋行ってみるか?」
 突然何を言うのかわからないけど・・・
「えぇ」
 そういうと浩樹さんは私に入り口付近にある扉をさした。
 私がその扉を開けてみると、そこは小さな部屋。
 かごがおいてあって、そして横にある大きなガラス戸。
 ガラス戸を開けると、そこは小さな露天風呂だった。
 部屋の外側の壁一面が無い露天風呂。
 外側に見える風景は、丸い水平線。
「つまりな、ここは内風呂付きの部屋なんだ」
 後ろからついてきた浩樹さんがそう説明してくれる。
「素敵じゃないですか! こんなに良い景色のお風呂なんて・・・」
「・・・そうか、じゃぁ先入っていいぞ」
「・・・あ」
 そうだった、私が入ると浩樹さんが入れない。
 内風呂ってことは混浴になることに今更ながらに気づいた。
「・・・」
「・・・それじゃぁ、俺は部屋で待ってるから」
「・・・一緒でいいです」
「え?」
「せっかくの温泉ですもの、一緒に入りましょう」
「・・・でもな」
「浩樹さん! 私が良いっていうんですから良いのです!
 それとも私と一緒は・・・いやなんですか?」
「嫌なわけないだろ」
 即答してくれた。とても嬉しい。
「それじゃぁはいりましょう、あ・な・た」


「それじゃぁ、先に入ってるな」
 そういうと浩樹さんは隣の部屋、脱衣所へ入っていった。
 扉が閉まり部屋に一人残された私。
 浩樹さんを待たせるわけにはいかないので、すぐに浴衣の帯をほどこうとし、
「・・・」
 誰もいない部屋を確認する。
「ふぅ、何を緊張してるんだろう」
 旅館の和室の部屋で浴衣を脱ぐだけ、裸のまま温泉に入るわけでもない。
 湯浴み用のバスタオルを巻いて入るのだから恥ずかしいわけないのだけど・・

「やっぱりちょっと恥ずかしいかな」
 勢いだったけど、一緒に温泉に入りたい。一緒に丸い地球を実感したい。
「・・・よしっ!」
 あまり待たせると浩樹さんがのぼせてしまう。覚悟を決めると私は勢いよく
 浴衣を脱いで湯浴み用のバスタオルを身体に巻く。
 そして脱衣所への扉を開けた。

竹内麻巳SS『湯煙のなかで』 早坂充様_c0098792_13295433.jpg


「失礼します」
 お湯を身体にかけてから、浩樹さんの入っている温泉の隣にそっと入る。
 お湯にふれたときタオルがちょっとまくれたのであわてたけど、浩樹さんは
 ずっと外を見ていた。
 見られなかったのは良かったけど、何故か悔しい気がする。
「・・・」
「・・・」
 何も会話が無い、静かな時間。
 二人で温泉に並んでつかっているだけ。
 壁のない内風呂の温泉から見えるのは、丸い水平線。
 ただ、それを眺めているだけ。
 それだけなのに、心が落ち着いてくるのがわかる。
「・・・」
「・・・」
「・・・ねぇ、浩樹さん?」
「・・・ん?」
 私は思いきって聞いてみる。
「もしかして、私が悩んでいるのわかっちゃった?」
「・・・まぁな、これでも麻巳の師匠だからな」
 私は驚いた。浩樹さんが絵の事で私が悩んでいることまでお見通し
 だったなんて。
「悩みまでわかったんですか?」
「いや、何を悩んでるかはもちろんわからないさ。ただな、この前撫子の
 美術部に来たとき様子がおかしかったからな。もしかして、と思っただけさ」
「そっかぁ・・・浩樹さんには隠し事できないね」
「・・・麻巳がわかりやすいだけだ」
 ぶっきらぼうに答える浩樹さん。それが照れの裏返しってことを私は
 よく知っている。
 私は浩樹さんの肩に自分の頭をそっと乗せる。
 それにあわせるように、浩樹さんは私の肩に手をかけてそっと抱き寄せてくれ
る。

「私ね、また道を見失いそうになったの。」
 私の悩み、それはあのときと同じだった。
 撫子を卒業して星和芸大に入って、その環境のすごさに圧倒されていた。
 卒業前の桜花展での銀賞、その経歴を持っただけの私には、周りの人の
 技術の、感性のすごさに圧倒されていた。
 絵を描こうにも、あのときの気持ちを失いそうになっていた。
 だって、ここには浩樹さんはいないから・・・
「そうか・・・でも、もう解決したのだろう?」
「えぇ、こんなに良い景色を見せてもらったんですもの。
 創作意欲がわいてきました。」
 創作意欲がわいてきたのは本当、だけど悩みを解決してくれたのはこの雄大な
 景色じゃない。
 また立ち止まりそうになった私を後ろからそっとおしてくれた浩樹さんのおか
げ。
「そうか、じゃぁのぼせる前によく覚えておけよ?」
「はいっ!」
 元気よく返事をした私を嬉しそうに見つめている浩樹さん。
 私はそのまま、浩樹さんの頬に口づけをする。
「ありがとう、浩樹さん」


「さすがにのぼせそうだな」
「えぇ・・・」
 温度が低めの温泉とはいえ、ずっとお湯につかっていたらのぼせてしまう。
「浩樹さん、背中流してあげますね」
「え?」
「今日のお礼させてください」
「お礼なんてかまわないさ、何もしてないんだし」
「だめですっ! 私の気が収まりません!!」
「わかったわかった、大声だすなって」
 苦笑いしながら、浩樹さんは湯船からあがり、洗い場の方へ移動してくれた。
 私もそれを後ろからそっとおいかけようとして・・・
「・・・」
 心がすっきりした私には、これはもういらないわね。
 浩樹さんが後ろを向いてる今のうちにそっとタオルをはずした。
「それでは背中を流しますね、ご主人様」

竹内麻巳SS『湯煙のなかで』 早坂充様_c0098792_13303215.jpg


 そこには大きな背中があった。
 いつから私はこの背中を追いかけるようになったのだろう?
 学園時代、私は常に浩樹さんの正面にいた気がする。
 部活をさぼる不良教師に、顧問として部活に出てきてもらえるよう頼みこむ毎
日。
 最後の方は頼むというより怒ってたっけ。
「・・・麻巳?」
「え? あ、ごめんなさい」
 思いふけってた私を現実に戻す浩樹さんの声。
 あわてて手に持ったハンドタオルを石鹸で泡立てて、背中をこする。
「痛かったら言ってくださいね」
「あぁ」
 ちょっと落ち着きのない背中を力と感謝を込めて洗い流す。

 あの誕生日の日から私は浩樹さんを目で追っていた。 
 私のことを気にかけてくれながらも、心は鳳仙さんに向いていたあのつらい時

 私を見てくれているはずなのに、私には背中しか見せてなかった浩樹さん。
 感情が爆発しそうになって鳳仙さんと桜花賞で戦おうだなんて、私ってすごい
 事をしちゃったんだよね。
 でも、そのおかげで私は絵を、思いを乗せた初めての絵を描くことができた。
 その思いを浩樹さんはうけとめてくれた。

 今見ている背中、浩樹さんの後ろ姿。
 でも、浩樹さんはいつも私の方を見てくれている。
 私は・・・
「ま、麻巳さん?」
 そっと浩樹さんの背中に抱きついていた。
「浩樹さんはここにいるんですよね」
「当たり前だろう?」
「わかっています、でも・・・えっ?」
 浩樹さんは私をふりほどく。
 そして・・・
「きゃっ」
 私の方に振り向いてから私をそっと抱きとめてくれた。
 そっと髪をなでられるのがとても気持ちが良い・・・
 このまま溶けそうな感じがする、幸せな時は・・・
「・・・浩樹さん」
「・・・みなまでいうな、こういう状況なんだから仕方がないだろう?」
「・・・雰囲気台無し。でも・・・私を感じてくれたのでしょう?」
「・・・あぁ」
「嬉しい・・・」
 私は・・・
「それでは、今度は私を洗ってくださいね、あ・な・た」


 帰ってきた私は、あの丸い水平線をモチーフに水彩で絵を描き上げた。
 課題もコンクールも関係ない、私の感動を形に残したくて。
 そして、この絵を描いて私の目標は確固としたものになった。
 今回も、浩樹さんに絵を描く楽しさをまた教わった。
 その楽しさをもっといろんな人に広めていきたい。
 浩樹さんとずっといっしょに・・・




早坂様の竹内麻巳SSを拝借させていただきました。

麻巳シナリオ本編のアフターストーリーですね。あの後の二人の距離感がわかっていてとても楽しいお話になりました。さすがにイーゼルは出てきませんが(笑)
題はまたしてもブタベが勝手に付けさせていただきました。人様の作品に題名を付けることのなんと難しいことか。

本当は例のもう一枚のCGも載せたいところなんですが…ブログ自体がつぶされかねないのでやめておきましょう。まぁ…そのうちどこかで出しますので…。
by bropa | 2006-10-24 13:31