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by bropa

Canvas2 EX. ~未完のクロッキー~

Skech1 

「桜花展に出展するって?」
「ああ」
目の前のキャンバスに筆をつけながら言った俺の言葉に、同僚の教師が素っ頓狂な声を上げた。
俺は、その声の主には目を向けず、短い返事で答える。
「…僕には絵のことはよく分からないけど、そう簡単に入選するものでもないだろう?」
「当たり前だ。簡単に賞がとれてたまるか」

数年前に始まった桜花展は、昔からある全日展に比べると、全国規模の絵画展としては新設のものだし、知名度も低い。
ただ…審査員が本場・パリの美術家が入っていたり、選出される基準にも新味があったり…、これまでにない形になっていて評判になっていた。
まぁ、どっちにしても俺みたいなのがそう簡単に入選できるわけがない。
とはいえ、楽に賞が取れるレベルなら出す意味もない。

「分かってるなら、そう急がなくたっていいじゃないか」
「仕事のない美術教師が遊んでられるか」
「…はは、川中らしいね」
「さあな」

俺は川中彰(かわなかあきら)。
去年の春、新設された私立『撫子学園』の美術教師。
同じく去年、高等師範学校を卒業したものの、美術専門の教師を雇ってくれる学校なんぞ、そうあるはずもなく…
半ば途方にくれていたところに、今年の秋、学園の理事長に声をかけられて今ここにいる次第。
来年の春から美術科を設置するので教師が必要になった、ということでの採用。
つまり、今は普通科の生徒に教える授業以外、俺に仕事はない。

「理事長は『今はのんびりしてて良いですよ』って言ってたんだろう?」
「役所に出す書類とかは色々あるけど、まぁ…今のところ、絵を描くしかないな」
「だったら別に桜花展でなくても良いんじゃないか?」
「あの女性(ひと)の好意に甘えてられるか」
「理事長が美人だから張り切ってるだけじゃないのかな」
「………否定する気はない」
「はは、否定はしないんだ」
「してもしなくても、お前はそう思うんだろう?」
「ああ」
「即答かい」

さっきから俺の絵の邪魔をしている奴は、武藤誠司(むとうせいじ)。
撫子学園ができた時からいる音楽教師。
俺と同郷同年のせいか、やや馴れ馴れしい口調でいつも声をかけてくる。
あまり口数の多い男は好きじゃないんだが…まぁ、悪い奴ではない。それは認めるとしても、だ。
問題は別のところにある。

「それはともかくとして、だ。何で、お前はここにいる?」
「教師が学校にいちゃまずいかい?」

わざと論点をずらすかのように反問してくる。
理屈をこねさせたら、この男は国語教師よりもタチが悪い。
言い争いで負けることなどしょっちゅうだ。
ここで、いつものごとく言いくるめられても構わないが、いい加減にしないと厄介な奴が来る。

「何の目的で、俺の仕事場である美術室で、さっきから俺の仕事の邪魔をしているんだ、と聞いているんだよ、俺は」
「あぁ、そういうことか」
「さっさとお前が消えないと、そのうち『和菓子』が来て、やかましくなって堪らん」

(ガラッ!!)

「誰が『和菓子』ですかっ!!」

怒鳴り声とともに、美術室の扉を開けて女子生徒が入り込んでくる。
形の良いあごに、やや険のある瞳、腰まで届きそうな黒髪をリボンでひとつにまとめ、とりあえずという形で理事長が決めた矢絣袴の女子制服に身を包んだ少女。
黙っていれば、はっきり言って誰にも負けない器量良しだと思うんだが…

「ほら、来たろう。『和菓子』が」
「はは…まぁ、そうだね」

武藤も苦笑いしながらうなずく。
もうここ2ヶ月、何度も見られた光景だからだ。
大体が、次が肝心の音楽科の授業だ、という時に限って武藤がぶらりと立ち寄るのが悪い。
結果、授業開始が遅れて、音楽科でも一番のやかまし屋がここに怒鳴り込んで来る。

「で、何の話してたんだったかな」
「さぁ…なんだったかな」
「先生たち…私のこと、わざと無視しようとしてませんか?」
「そういえば、もう授業開始時間だね」
「ああ、そうだな」
「あの…」
「じゃあ、僕はこれで」
「ああ、また明日の朝」

いつもと同じような挨拶を交わして、武藤が美術室を出て行く。

「………」
「…………」

女生徒がぽかん、とあっけにとられたような顔で、武藤の立ち去った廊下を見続けていた。
これもいつもと同じ光景なんだが…学習能力はあるはずなのに(聞いた話、成績はほとんどの教科で甲らしい)、俺と武藤の連携(というほどのものでもない)を止めることもできないとは…ある意味、この美少女のえくぼ、という感じだろうか。

「で、お前は何の用なんだ」
「あれ……?」

俺の問いかけに首をひねる。
どこかネジの外れたこの子の反応を見ているのもそれはそれで暇つぶしにはなるかもしれないが、俺は仕事中だ。

「『和菓子』(ボソッ)」
「誰がっ!!…って、川中先生、今度はわざと言ってますね?」
「ようやく直ったか」
「…直りましたけど、出来ればもうちょっと方法はないんですか? 仮にも美術教師が」
「ポンコツ檜山で疲れるのは授業だけで十分だ」
「誰がポンコツですかっ!」

(ごんっ!!)

「ぐぁっ」
「あ…また、やっちゃった…」
「ってぇ…お前な、仮にも教師をコブシで殴るか?」
「あ…あはは…済みません」

教師を怒鳴るわ殴るわ、『美人に暴力』というある意味危険な組み合わせのこの女子生徒は桧山和佳奈(ひやまわかな)。
撫子学園音楽科の2年生。


(書き途中)




というわけで、Canvasのお話です。といっても舞台は同じ撫子学園でも、学園草創期…個人的には明治末から大正にかけての頃のお話です。基本的には、川中彰が浩樹、武藤誠司が柳、和佳奈は…誰だろう…麻巳かな? 恋のほうが強そうですが。まぁ、そのあたりがモチーフです。

副題のとおり、完結するかどうかは分かりませんが、のんびりと進めていきます。
誰も見ていないでしょうし(笑)

ここに出しているのはバックアップの意味合いもあるので、突然文章が変わっていたりしますのであしからず。
by bropa | 2007-04-14 07:23